ちょっと、どころか、私は、マンガ鋼最終回で「実はエドワードは女の子だった!」と書かれるくらい、
ものすごーーーく、びっくりした。
というわけで、
歌猫Blogさんの記事「リメイク」。何にびっくりしたかと言えば。
アニメ2が、アニメ1のリメイクだ、と、そういう視点があるということ。
青天の霹靂。そうだ、そういう風に今度のアニメを捉えてる人もいるんだ!
そういうわけで、歌猫さんは、先の記事で、色々と考えていらっしゃっていますが、
わたくしめは、歌猫さんとは関係ないどころか、
まったく論点が違う、おばかな妄想を広げたので、
それを書かせていただきます〜。
(下文章、歌猫さんの記事を受けてではなく「論点が違う」ことが繰り広げられているのであしからず。大事なことなので二回言いました!)
というわけでね、今、アニメ2を見ている方には、原作をまったく知らないというか、歌猫さんのお言葉を借りれば、
「今、放映しているアニメは、「水島鋼のリメイク」なんだ。(中略)「無かったことにする」のではなく、最初から「無い」のだ。原作は。原作を読まない人にとっては。」ということ。
マンガの存在が「ない」。
それが、目がうろこだったの。
そんな当たり前で、簡単なことが、私の中で欠落していた。
そ、そうだよねー。アニメ視聴者の中には、原作がとか、まったく興味ない人もいる。もしかしたら、そういう人のが多いかもしれない。
だって、私がそうだもの。
たとえばクレヨンしんちゃん、私にとってこれは、アニメ作品で、原作を特別読みたいとは思わない。
たとえば風の谷のナウシカ。往年のファンは口をそろえて原作がすごいと言う。だけど、同じく私は興味ない。
つい先日最終回を迎えたドラマ、「アイシテル」これも、原作マンガを読もうとは思わない。
もろもろ。
どれも、原作ファンは「アニメより、原作マンガがいい!」と言っているけど、私にとってはアニメがすべてで、原作マンガがどうだろうと、関係ないもんだよなぁ、と。
だけどね、それが、鋼にも当てはまるんだって、今まで、考えたことなかった。
マンガを読んだことがない人がいるってのは、思いをめぐらすことができていました。
感想でも、「もし鋼を知らない人が見たら〜」ってことは、考えて書いたことがあります。(実際ソレができていたかは別問題で。だって私は、マンガ鋼につかりすぎてるから)
でも、マンガの存在がない人がいるってことには、今までまったく思いもしなかった。
「マンガを知らない(読んだことがない)こと」と「マンガの存在がない」こと。
このふたつ、似てるようで結構違う。
「ああああ、そうだ、よねぇ・・・」と、歌猫さんの記事を見て、初めて気づきました。
だから、考えてみました。
もし、私の世界に、マンガ鋼がなかったら。
アニメ1の場合。
ニーナの話は、結構悲しい思いをしたと思う。初見でも、あの話のテーマってのはちゃんと伝わる作られ方をしてたと思う。
ヒューズの話。だだ泣きしたと思う。演出がよかった。
ウィンリィ、そんなに好きにならなかったと思う。ただのわがままっこのそぶりだけが伝わった気がする。(苦笑)
2クール後半。興奮して、どきどきわくわくしたと思う。今後どうなるんだろう・・・って。
3クール。ラースの存在位置に涙してたと思う。切ない。
ふむ。ここまでは、それでも、今まで言ってきたことと、似たような感じだと思う。
決定的に違ったのは、4クールの感想。
まず、扉の向こうが「ロンドン」ってことに、そこまで驚かなかない。
アニメ1で、最初にツェッペリンが映った時(確か次回予告)、目玉が空の彼方に飛んでいくくらい驚きました。
だって、マンガの鋼世界はファンタジーで、現実のこの世界とリンクしていないというのが前提にあったから。
「鋼では飛ばない」この法則が植えつけられていたってのもあったかもしれない。
とにかく、扉の向こうが現実だなんて、予想だにしなかったことです。
でもね、でも。
鋼を「鋼」ではなく、「ファンタジー物語」というくくりで見ていた場合、扉の向こうが現実世界なんて、「ありがち」なことだと思うんだよ。
実際知ってるしね。有名どころで言えば、猿の惑星がこのタイプ。それから、マイトガインとかマイトガインとかマイトガインとか。(笑)
扉の向こうがロンドンと言われてさ、ライトユーザーな私はきっと、せんべいでもかじりながら、「へぇ。」って普通に思ったね。きっと。
それからその後の展開。
原作狂の私としては、「これからどこにいってしまうんだろうw」って、かなり楽しく見てたんだけど、もし、私がライトユーザーだったら、展開についていけなくなっていた気がする。
事象がめまぐるしく変わり、言葉も難しくなり、展開も欝になったしね・・・
アニメ1の4クールを理解するうえで、マンガでしっかりと描かれている「鋼世界の基礎」は、すごく役立ったと思います。(少なくとも私には)
そんでね、最終話付近で、エドが死んで生き返ったことも、そんなに憤らなかったと思う。
むしろ「面白いなぁ」と思ったに違いない。
アニメ鋼2の場合。たとえば、先週の「全は一〜・・・」。
イズミさんの吐血シーンがマンガ通りのギャグシーンで、何か違和感だった。
アニメであれをギャグって、なんだか、ね。でも、すぐ思い直した。「いやいや、これ原作どおりだから!私のどじっ子★」なんて。
でも、もし原作を知らなかったら。
「えーー?!ギャグで血を吐くのぉ?!」なんて、驚いたりしたかもしれないなぁ。
あと、ウィンリィの服が地味だなぁ、とか思っていたり。
シェスカがあんまりバカっぽくないなぁって思っていたり。
アルがずいぶんキツい性格だなぁと思っていたり(スカーを「さん」呼ばわりしてないし・・・)
大佐がガキっぽいなぁと思ってたと思う。
というわけで、「マンガをなかったこと」にしたら、今までとはまったく違うアニメの感想が沸いてきた。
すっげぇ、新鮮!
そして、
すっげぇ、楽しい!今、まったく新しい、鋼の楽しみを発見した喜びでいっぱいです。
ひとつの物語で、2倍楽しめる!お得すぎて鼻血出る。
これからも、時折、マンガの存在がなかったら、を妄想してみたいと思います。
それから、もひとつ、「マンガがない」人達のことを妄想して思った。
アニメ1と、アニメ2を一番比べて見てしまう視聴者層は、この「マンガの存在がない」人達じゃないかなぁって。
そりゃぁ、「なんで声優変えるねん!」なんて意見もでるわ・・・うん、それ自然だと思う。
あああ、今、ようやく色々理解した気が、する。