スクエニと鋼の錬金術師と荒川弘・初音ミク!

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  • » 2017 . 11
  • ツッコミありがとうございます。
    長くなりそうなので、分けて、順にお返ししたいと思います。
    始めましてのTさん、せっかくはじめましてなのに、まだまだ遅くなりそうでスミマセン。
    >とつさんI川マンセーで面白かったよ。

    気がついたらうっかり。(笑)
    まぁ、劇場に関しては、マンセーしていいかな、と思ってる。

    しかし、勘違いしてはならないのが、先に書いた「アニメ鋼で、最後にエドアルに人体錬成させたことがアウトー!」が、

    ものっっっっ、
    すごい、
    作品を全否定してもいいくらいの
    大きなアウトッ!!



    なのです、ってことです。
    あれを描いちゃったことで、私の中でTVアニメ鋼は「ないわー」な状態です。
    だから、たとえこの先、どんなに褒めたとしてもアニメ鋼が、原作よりもいイイ!って言う日は永遠にきません。
    (逆に言うとそれ以外は、映画がよかったので、水に流してもいいと思ってる。アニメの最中は、日記でよーくI川(ピ)ね、とか言ってたくせにね(言ってたんですよ)、アッハッハ。)

    なぜそこまで人体錬成にこだわるかは追々。


    鋼は抜きにして、I川さん、決して実力がない方だとは思っていないし、彼の脚本は嫌いじゃないんです。なぜなら、その「手法」や物語そのものは「それはないんじゃないか?」ということがあっても、彼が脚本で言いたいこと(=テーマ)には共感・支持できることが多いから。
    ジェイデッカーのアレとか、むしろ好きだったし。色々とね、複雑な思いですよね、この辺。


    >映画は原作とはあまりにかけ離れた 「会川さんの話」になりすぎていて もはや鋼として比較できないと思うんだわ。キャラクターは鋼だけれども まったく独立した話だし。 そこでシナリオとしての優劣を見るのは難しいでしょう。
    >同じテーマやシーンを、シナリオの違いで楽しむなら (そういう意味では2期は、それに直面するわけだけれど) 簡単に比較できると思うけど・・・。


    何を比較するか、という基準にもよると思いますけどね。
    アニメ鋼はI川の鋼だけど、「鋼」ですし。

    でも、ここで私の言う「優劣」は厳密に言うと大きな間違い。
    いろんな意味で素人の私が、しかも評論と言う文章ではなく、あくまで感想だ、というスタンスのこのブログで「優劣」という言葉を使うこと事態が、そもそも間違っていると思います。

    しかも、アニメの脚本とか、○や×の答えの難しいものに対して「優劣」という言葉はそもそも存在しないのではないか。
    その言葉を正しく使えるのは、分析力の優れたプロの評論家さんぐらいじゃないか。
    とか言い出すと、何か色んなことが無に帰す気がするので、そこはスルーということでおひとつ(えー!)



    >ぶっちゃけ、私は アニメのエンド(エド、アル、ロイ、リザ・・・)は嫌いだし 映画のエンドも納得いきません。

    あら、それは、初耳でした。そうだったんですか・・・そういえば(このコメントを下さった方の)意中の彼は、出番少でしたよね。

    >エドの成長というのも、 結局エドは大人になりたくないだけに見えて・・・。 大人の階段は上ったけど、一段だけねっていう気が(笑) あんな目にあったら10段くらい昇れよ!と思うわ。

    そこは、先に書いた通り、I川はわざと大人の階段上がらせなかったんだ、と信じたい・・・
    だから、見る人が見たら「普通昇るだろ?! なんでのぼんねーんだ このチビ!」と少し不自然に思ったんだと。
    んで、そういうふうに、あえてやらなかったことが、「結局エドは大人になりたくないだけに見えて」だとか「昇らないアホの子!」と、作品の欠点として、捕らえられてしまったのは、I川氏の、脚本家としての力量不足からくるものだと思う。

    もっと上手い人なら、大人の階段留まらせつつ、それで大人も納得させた。
    例えば、宮崎駿氏なら、もっと上手くやれたと思う(今でも時々思う宮崎駿de鋼・・・ジブリに営業かけてくれないかな・・・)

    >映画は、音楽に助けられたところも大きいんじゃないかなぁ。 あの詩はさぁ、会川が書いてるわけじゃないじゃん? でも、エド(とハイデの)のせつないけど、 僕は行くみたいな話になってて そのへん詞を書いたhydeは、過剰に盛り上げるから。 超ナルシスティックにね! LINKも、LOST HEAVENも、自己犠牲バッドエンドよ?(笑) それなのに雰囲気で、せつないのぅ~、 えぇ話じゃったなぁ~って思う。

    あー・・・音楽の違和感は多少感じていました。
    音楽は、アニメ鋼をちゃんと見て書いてくれてたとは思うけど、映画のそのものズバリを描いてたか、といえばやや疑問かもしれません・・・まぁ、それでいいと思うんですけどね。むしろズバリ描かれたらそれは楽曲としてどうなんだ?と思う。
    あの曲はよい曲です。こう、終わるなぁっていう、感じも漂っていて。


    >ぶっちゃけ、もう私はぴゅあな心がないので 子供がどう感じるかは分からんのです。

    あ、いや・・・そうね、わかんないよね・・・そこは、得意の妄想補完ということで(笑)


    >ただ少年の成長は描かれたか?ということに関しては 「ええ、ほんのちょっとだけ」と思う。

    少年って、アニメ兄さんの? ・・・やっぱり私には「大人の階段上りかけた気が、しないでも、ない」程度にしか思えない。アニメ兄さんは最後まで「アルLOVE。人体錬成もしちゃうYO!」だったし、
    アニメアルも「人体錬成しちゃうNE!」かつ、年齢まで逆行したし、
    大佐は降格して、後に「エド恋しい」とか思いながら、マッチも擦れない無能になるし。
    唯一成長らしい成長を遂げたのは、ロゼかな?って気がする。ウィンリィもちびっと。


    厳密に追うと、まったく成長してないわけではないと思うんだけど、それにしてはわかりにくかったかな。
    唯一、最終回の表現がよかったくらいか?
    アルさえも失ったエド。それでも、前に進もうとする。この辺りは成長が見て取れた感じ。

    子どもが大人になるって、ひとつは、自分が無知だと知った瞬間。
    もうひとつが、子どもの頃に与えられていたものを手放す瞬間だと思ってます。
    手放して、改めて、自分で取捨選択して、自分で構築していくって決めた時。

    例えばそれは親からの自立だったり(エドの場合アルからの自立)、卒業だったり、上京だったり、親が鈍い顔をするような趣味を持つ、ということだったり。
    自分の人生、自分で選んで生きかなきゃダメだ!って気づくことが、大人になるってことだと思う。

    最終回は、そういうことをわかりやすく描いた感じがする。アニメ最後のアルのセリフは本当に感動的でした。
    でもまだまだお互い兄弟LOVEだったから、そこが「大人の階段に脚をかけた?かも?」どまりの原因。実に惜しい。

    でも、大人にさせないことが狙いだったら、それは大成功だった。
    I川の思いはどっちなんでしょうね。


    ちなみに、原作のマンガ鋼は、少年の成長をしっかり描いていると思う。荒川さんうめぇ。これはまた別の話で!



    >ところで映画のテーマって何?ナチを扱ったこと? 人種差別? 戦争へと加速していく世論?テーマのよさ=優劣っていうのは・・・・・・ いまいち理解できないんだよなぁ。 タブーとか、全世界みたいな大きさとか、生命とかを 扱えば「よい」のか?って思うから。
    >よさではなく、すごさというなら、理解できるんだけど。あのテーマを扱うのには、障害が沢山あるとか、表現が難しいとか、理解してもらうのに苦労するとか。



    映画のテーマにおいては、いろんな意見があると思う。
    私は映画を見た最初の感想が「ノーアいらなくね?」だった。(笑)
    ノーアというキャラいなくても、物語成立しなかった?と、それをまず思った。つい最近まで思ってた。
    でも、そしたらI川だったか、水島だったかが、インタビューで「言いたいことは全部ノーアにつめた」と言っててひっくり返ったわー。
    私、監督達の言いたいことひとつもわかってやれなかったようだ、と。

    そんな私がテーマを語るのは100年後も不可能な気がするのですが、これはこれ、それはそれ、の精神で語ると先に書いた「自分と社会のありかた」じゃねーかなぁ、と。

    ナチのこと、人種差別のこと、民族問題のこと、今の世論のこと、戦争のこと、それらすべては「自分と社会のありかた」というテーマを描く上での材料であって、テーマとは言えないと思う。

    忘れていたけど、過去に無駄に熱く書いたのでリンク貼っとく。いやはやお恥ずかしい・・・


    個人のありようを描こうとすると、よく「自分探し」とか言われがち。
    私、原作含む鋼の何がスキって、個人の成長を描きながら、決して「自分探し」とかいう言葉が出てこないことなのよ。
    荒川さん「自分探し、とか言われるとケッって思うクチです」なことをおっしゃっていたけど、やっぱりwwwと思った。

    他、私がケッって思うのは、「真実の愛」とかです、だから自分探ししながら真実の愛を書いているケータイ小説(の多く)が凄く肌に合わん。キライ。
    あと、「地球を守ろう」もかな。地球なめんな、地球怖いぞゴルァとか思う。


    テーマのよさ=優劣とは、言えないとは思います。
    でも、映画鋼においては、視聴者に身近で、だけど難しくて、普段あんまり考えないようなこと(=よいテーマだと思うんですけど)をわかりやすく視聴者に伝えた、「優」な脚本だったと思います。

    脚本の優劣・・・(そもそも物語の優劣を言うのがおかしいのですが、それはそれこれはこれ)・・・それを語るとき、優良な脚本とは何か、逆に、劣る脚本とは何かを考えなければならないのですが、これ考えるとドツボにはまるんで、軽く。

    わかりやすくいくために、実作品名挙げさせていただくが、私が最近、「イマイチ」と思った脚本をズバリ言う。この前テレビでやった、「ALWAYS 続・三丁目の夕日」です。
    先に言っておきますが、前作は見ておりません。
    テレビ放映で、「続」を見てみたわけですよ。ウチの母なんて「すごいいいわぁ」ってススメるし。世間でものすごく盛り上がってたしね。
    でもね、見終わった後、正直「いいか?」と思ってしまった。

    いい映画だとは思います。本当に。最後ハッピーエンドだし、感動的だし、明るさと傷跡と、バランスよくかけてると思いました。(あと俳優人がよかったわ)
    でもねぇ、「いい映画」、感想がそれだけなんだよね。他の何も残らない。1年後には忘れているであろう、それだけ、の映画なんだわ。

    視聴後に何かを残すって凄く大事なことだと思うの。それは、別に深くて難しいアレコレではなく。「あー面白かった」とか「あー感動した」とか、そういう読後感みたいなもの。そういうのの残り度=脚本の優秀さ、とさえ言ってもいいとさえ思っている。


    続・3丁目では、私の見た限り、それが欠落していた。「いい映画」だった。そこそこ感動した。少年の淡い恋きゅん死に(ハート)した。じゃあ、それで何を思ったか、って言われると、言葉に詰まるような話でした。「いや。うん、面白かった、よ?」としか言えない。どこぞのアニメ獣と同じように。
    (無印・3丁目を見るとまた違った風に見えるのかな・・・機会があれば見てみたいですね・・・)


    映画鋼はそれに秀でていた。少なくとも私にとって。
    だって、映画公開からこれだけの月日が経っても、まだまだ語りつくせぬ後味を残してくれているのですから。



    では、長くなりましたので、To be continued

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