運命なんて関係ない、バカ兄はそう言ったけれど、でも、やっぱり運命ってあると思う。だって見て、この夜空には、こんなに幾億もの星がある、この星ひとつひとつが、きっと誰かの運命なのよ
じゃあ、君の運命の星は?
うーん、アレ、あのお月様!
はっはっは、大きく出たな的。エピローグにあたる、らいらちゃん達の会話が美しくて好きです。
それから最後のじっちゃんの言葉ね。正論つか、やっぱりオチはそれかというような。
使い古されすぎて、もはや骨董の域である言葉ですが、よく言ったら、解りやすくてよかった。誤読しようもないとは、このことでしょう。
それと、方向音痴君とふとももが、ラブラブしながら戦い勝って、敗れた敵に、男ってどうしようもない同盟の布をかけてあげるのが、面白い演出でした。
万丈(声優名)に狂わされ、落ちていった女達。心のそこから、「男ってどうしようもない」と。
ふとももには、理解するところがあったんだろうな。
途中すっとばしてしまったけど、アニメ総括。
作画
噂ほど、私はひどくなかったと言いたい。私的には、十分見れる範囲。
特にすばらしかったのは、牛。これはもう、どんなアニメより最強でした。(笑・・・←スタッフロール見た人だけがわかる笑い)
一部、格闘シーンはもうちょっとがんばりたまえよ〜と言いたかったが。
背景に関しては文句なし。
音楽
世界観に合った音楽が上がっていたと思う。若干印象薄いか?でも許容範囲。
ストーリー
中盤かいつまんでしまったので、評価できません。見た限りで言えば、物語りも、王道の起承転結って感じでソレ好きにはよかったのでは? 悪い風に言えば、面白みに欠けた。北斗七星、中華風という舞台、テーマからして、それこそ使い古されたネタなんだから、何かしら特徴がないとダメ。
せめて、マンガ・ワンピースを100万回見てから、創ってほしかった。
キャラクター
皇帝がイイヤツだった。これはすごく好き。結局主人公と皇帝は兄弟だったんだけど、最後主人公が皇帝になるとかじゃなくて、マジよかった。
最後、皇帝が剣を抜いたシーンはゾクゾクしました。
あと、たきちゃんはかわいい(しつこい)Q.好みなんですか? A.好みみたいです
その他のキャラ。さて、そろそろお気づきかと思われるが、実は私、登場人物の名前を把握してません。
私は元々マンガやドラマの登場人物の名前を覚えない人です。(我がマンガ人生で、登場人物のワキ役まで覚えてるのは、実は鋼が最初で、多分最後です・・・)
獣を最初に語った時も「多分覚えられない」とボソっと呟きましたが、案の定。(苦笑)ボスキャラのあの人は、結局最後まで「銀/河/万/丈」だ。私って。
まさか女の子のふたり、らいらちゃんとたきちゃんしか覚えられないとは、予想外。それだけ、個々の印象が薄かったのだと思ってください。
それでも獣の場合、誰がどんなキャラなのか立ち位置は理解できてます。それはもう、キャラデザと、声優さんの力ゆえでしょう。
深夜アニメだけど、力ある声優さんばかりで、そこは安心して見れました。(超ワキに何人か棒読みさんはいらしたが。大人の事情ってことで納得します)
ラジオドラマがいくつか出ているようですが、そっちが面白そうですね。
個人的に苦手とする声質の声優さんがいなかったことも幸運でした。声については文句なし。
総括ってか、問題点。
さて、このアニメ、結局世間的にどうだったんだろうか。獣に関しては、いつからか、世間のレビューを一切見ないことにしました。ごめん、色々耐え切れなかった。
私的には。
キャラに顕著に現れたと思うんだけど、印象薄。
このアニメ、ここがいいーの!っていうウリに欠けること。
これがこのアニメの最大の問題点だと思った。
可もなく不可もなく。ってこと。
ある方がアニメ鋼の感想を「可もあり不可もあり」とおっしゃっていて、当時、最も端的に表現したと感動したのですが、だからこそ、獣の無難さが目に付いた。
「可もなく不可もなく」そのものの意味は、褒め言葉にもなりえますが、それが深夜アニメとなると、事情が違う。
これだけアニメが乱立してる昨今で、かつ、人の心を動かす、エンターテインメントで、それはもっとも陥ってはならない穴なんだと、私は思っています。
はっきり言えば、致命的です。
このアニメのウリ・・・公式的には何だった?中華風アクション?・・・アクション・・・でも、「動きモノスゲーーー!!」という感じではなかった。
キャラ??・・・うーん・・・それもどうか・・・
私は、胸張ってよかったといえる、声優さんを使えばよかったと思う。今をトキメク超人気声優さんなこと、私だって知ってる。
声優ファンに向けて、・・・はっきり言えば、女性向け声優萌え作品にすればよかったんだ。
うん、獣で女性向け恋愛ゲームを出したのは、正しい方向性だと思うよ。もちろん、最初は驚いたけどさ、でも、それはそれで、この作品にはよい判断だったと思う。
その路線は、当初は決まってなかった? うん、そうなんだよね・・・きっと・・・せめて最初からそういう路線で走ったらよかった。そうしたら、最初から違うプロモ活動になったハズで、そっち方面の心をキャッチできていたハズだ。もっとキャラを魅力的に描いて。極端に言えば、キャラデザだってアンジェリーク風にするとか。
アニメ獣は、商業的に、失敗ではないかと思う。(DVD売り上げ等チェックしてないので憶測です。違ってたらごめんなさい)
最初から、商業的成功を収めたいという制作側の先走った思想が、アニメ獣には見えました。このアニメの元来の敗因は、私はソコだと思う・・・と言ったら、あまりにも酷でしょうか。
商業的に、数字を取ることはもちろん大事。
でも、視聴者が望むのは、数字に残るアニメより、記憶に残るアニメです。
腐女子にウケる(萌える)ように、または男オタにウケるように創る・・・それはそれでアリな先方かもしれません。現にそういう方向性で良作品は多数あります。でも、「萌え〜」っという感情・行動は、まず、その作品の何かしらが、心に響くから、というのが大前提になっているってことを誤解しないでほしい。
(たまにキャラ絵がぽんとあるだけで萌えられる人はいますけど・・・)
私は、面白くて、ドキドキして、わくわくする、マンガやアニメが好き。
マンガ獣がこれからもそういう物語になるよう・・・また、そんな作品と出会えることを期待しています。
さて、こっからはさらに突っ込んだ、私の、思い。
作品の外のことですので、とてもスルー推奨です。っていうかスルーしてくださいと半分懇願。
ずっと書こうかどうか迷っていました。ここは自分の思いのたけをありのままに書いてきた(つもり)だけど初めて、書いてもいいか、他人にも相談したりしました。えぇ。それだけ、ここからの話は、ある意味グレーゾーンかも。
では吐く。
獣、辛かったです。正直声を大にして、叫びたい。辛かった。
何が辛かったって、作品のことじゃない。
私にとって、辛かったことは、鋼ファン達から強烈な非難の声が上がったことです。
それでも、獣は、マンガです。ひとつの作品であり、そこに欠点があるのは当然のこと。作品の欠点を指摘される分には、納得できます。
たとえば、鋼の感想など、全盛期も批判レビューのほうこそ、面白くて読んでいたクチです。(笑)
何度かブログで書いてきたけど、その人には、自分とは、違う「鋼」の姿が見えている。それもまた鋼の姿であり、それすらも、愛おしいと思えたからです。
獣も。作品の欠点が見えてるということは、同時に冷静に見られている場合も多く「なるほどなぁ」と思うところも多々あり、鋼の時と同様、大変勉強になりました。
でも、獣はソレの度が過ぎました。
まずは、作品の欠点を叫ぶサイト、ブログさんの数がハンパなかったこと。
それは台風よりも、強烈な暴風となって、私を震撼させました。
オタ世界に、ネットの影響がどれだけ巨大な影響力を持つか、身を持って知っています。
これでは、見る前に情報収集していた人が「じゃあ、見るのやめよっかな」となってしまう。この現象にはちょっとチビりました。(何)
ふたつめ。
作品の外の、制作側のやり方への不満が、これまたハンパなかったこと。
たとえば、マンガが始まってすぐに、アニメがありましたが、それに対して、「アニメ化早くねー?どんだけ稼ぎたいのか」と。
いやいや違うから、元々、マンガとアニメの平行作品としてのつもりで(以下略)
・・・でも、そんなこと、普通の視聴者はどうでもいいことだし、制作プロジェクトのやり方のマズさが原因。自業自得なのは百も承知しています。(特にスクエニに感してはもう昔っから広報が下手でねぇ・・・ということも本当に視聴者には関係なく・・・)
でも、別の方のお言葉を借りるが、「それって作品の面白さには関係ないよね」ってこと。
うん、そうなんだよね、本来なら、そういうことは、もっと別口で語られるべきだったし、現にそういう切り口で語っていらっしゃる方も多かった。
だがしかし!そういう外側の非難も数と量がはんぱなかった。圧倒された。
私は、スクエニ狂・ガンガン信者なんで、好きな会社の、その好きな部分を否定されたから、悲しかった・・・
この色々下手っつーか、ちょっと抜けているところが、この会社の面白いところ。例えば鋼・・・やたら単行本に付録が多かったり、本誌になんだこりゃ?な付録がついていたり、これだからガンガン;;って何度もなりますけど、でも、確かに私達は、それで楽しんでいたハズだ。少なくとも、私はそれが楽しくてしょうがなかった。
それが、今回批判の中心になってしまったので、えらい悲しかった。自分ではどうしようも出来ないことなので余計に。
みっつめ。
これは、悲しかったというより悔しいこと。
そんな世間の批判に、私自身が反論できなかったこと。自分でも「そう思う」なことが多々あったし、それに対して、異論反論オブジェクショ〜ン♪する気力と体力と知性に欠けていたこと。
でも、少しはやってあげればよかった。それは、他人のためでも獣のためでもなく、自分の為に。
所詮それは空周りしたかもしれないけど、もしかしたら、自分の中の何かが、変わったかもしれない。
よっつめ。
これが最も私は悲しかった&辛かった。・・・うん、辛かった。
それは、プロジェクト獣のスタッフ個人に批判が集まったこと。獣は特に、ひとりで創られているものではありません。
それなのに・・・個人名を出すと、大原信弥さん、社稜さんに、非難が集中したこと。
それもまだ、両氏が携わるシナリオ等々のことを言われるんだったら理解できる。私もたくさん言ったし。
でも、それ以外が多かった。
ある時は、個々のインタビューや発言の揚げ足を取り、ある時は過去の仕事暦を持ち出し、ある時は個人の主義・趣味すら持ち出され、それを非難されること。
どれも・・・特に後者ひとつは、獣にはまったく関係のないこと。それすら、ネットという無視できない場所で、持ち上げられ、非難・・・されたこと。
しかも、仲間だと思っていた鋼サイトの方々に!
(面識なくたって、「鋼スキー」ってだけで勝手に仲間意識をもっちゃう、そんな可哀想なお年頃なのですワタシ。不快になった方申し訳ない)
えーそんなことあったの?って方も大勢いらっしゃると思います。私もネット暦は長いですから、普段はそういう記事の匂いを敏感にキャッチして逃げたり「見なかったスキル」発動させるんですけどね。少々評判が悪い様相を呈している時期に、そういった記事を見てしまったということ。タイミングが悪すぎ、スルーの限界を超えてしまいました。
悲しいとか、悔しいとか、通り越して、この件だけに関して言えば、辛かった。
両氏とも、特に大原さんは、荒川さんと付き合いも長いようで、友達でもあるようです。
実際まだ獣もけの字もなかった頃・・・鋼の人気が絶頂期だった頃から、獣の原作となった、同人誌読みたいなーなんて、ぼそぼそ呟いていたんだよね。
それなのに、いざ商業展開に乗ったら、こうなってしまった。
結局それ以降、私は獣のネットレビューをほとんど見ないことにしました。
そして、そんな世間の感想を見て、私は愕然としたことがあります。
同じことを、私はアニメ鋼の感想でやってきてしまったという事実。
作品の細かなアラまで探して「キー!」となり、インタビューの揚げ足をとっては「キー!」っとなり、過去作品を漁ってはそれと結びつけ・・・当時の日記のほうでだけど、あいかわさんにいたっては「人間性まで疑う」とか言ったし。
真実かもわからない、今ここに残っている過去を漁り、小さな事象を積み重ね、アラを探し、想像を交え、その穴を誇大につく。本来、本質(獣の場合、アニメの面白さ)に関係ないことをさもそれっぽく叫ぶ・・・
こういうやり方は、私が一番毛嫌いしている真実かどうかもわからないようなくだらないゴシップ誌のやり方とあんまり変わらない。
私は一番自分が嫌いなやり方をとっていた。よりにもよって荒川弘を取り巻く世界に対して。
・・・それに気づいたとき、一瞬消えようかと思いました。
(でも、考え直して、過去は取り返しがつかないし、自分の自戒の為に残しておくことにしました)
獣は、荒川作品ではないと言われますが、私にはそう断言できない。
なぜなら、荒川弘もまた、この作品の重要なクリエイターであるからです。少なくとも名義はそうです。
・・・それが名義だけだとしても。荒川さんは所詮ただのお絵かきマシーンだとしても。
プロとして、名義を出すということはそういうことだと私は捉えている。
理不尽には憤れ、ということで、声を上げてくれた方が大勢いらっしゃいます。
「獣はどうやら荒川作品ではないらしい」とメジャーに知れ渡ったのは、そんなネットの発言のおかげという部分もあったかもしれない。それは、うれしかった・・・・
でも、私的マンガの定義では、やはり獣も荒川作品です、決してこれは荒川作品ではない、とは私には言えない。(この辺とても複雑な心境です・・・)
荒川弘の最も優れたところは、私はネーム力だと思っています。
だから正直、荒川弘からネームを取り上げるプロジェクトが発足するとは、私は夢にも思っていなかった。
だけど、これからも、マンガ家ではない荒川弘の世界が描かれるかもしれない。
例えば、ゲームのキャラクターデザイナー、シナリオライターなんか、可能性ありそう。
その時私は、「漫画描かせなさいよキー!」じゃなくて、それもまた楽しんでいくぞ、という余裕を持ちたいと思います。
それに、そんなことはもう鋼で十分訓練してきた・・・みんなのおかげでしてきたもの。
ある方がおっしゃっていた。
「鋼ファンって幸せだよね、あるちっちゃな出来事をまったく別のことに結び付けて「これってこういう意味じゃね?」って萌えられる。冷静に考えると、かなりこじつけくさい・・・多分荒川さんはそこまで考えてない・・・たまに後から偶然はまったことの場合もある・・・時に、ちっちゃなちっちゃな、コマ隅の落書きのような絵でさえ、「重要な意味がある!」って妄想して、調べて、あぁ、傍から見たら少し滑稽だ。だけど、私たちは、それで楽しい。そして、きっと、それでいい。」
今思うのは、どうしてそういうことを獣でやってあげられなかったんだろう、ということ。
自分が「すごい面白い」と思って、視聴を続けたかどうかは別にして。最初に、でもここは萌えポイントって、鋼と同じノリで、書いてあげられなかった。作品の初頭、一番重要な時期に。
「荒川弘のマンガが読みたい」その思いが強すぎることは、結局マンガ家・荒川弘の成長を狭めていることでしかないのだと気づきました。
そんなことは絶対にもうしない。
荒川弘のファンとして、もうしたくないと、私はアニメ獣最終回を見て、誓いました。
勘違いしてほしくないのは、決して、世の中みんなが「荒川マンセー!」したらいいとは思っていないということです。作品も、時に制作側への不満も、声を上げてほしいし、あげなきゃいけないと思います。
私はここで感想を述べる時・・・鋼以外のありとあらゆるもの感想デス・・・必ず長所と短所を書くようにしています。これすばらしい欠点なし!と思っても、その時はこじつけてアラを指摘します。(逆転裁判レビューとか)
それは一種のポリシーだったけど、これからもその姿勢は貫いていこうと・・・たとえ時にKY(空気読めない)みたいになっても、やっていこう。自分の一番いいと思うことをやっていこう。
そう思いました。
以上、アニメ獣を通じて、私が感じていたことを吐き出しました。
アニメ獣は、私に色んなことを教えてくれました。
荒川ファンとして、ブロガーとして、大事なこと。この作品のおかげで、自分と荒川さんのこれからが、少し見えた気がする。
アニメやマンガ、映画やゲームもそうですけど、結局は「私個人」と「その作品」、一対一の対話です。
アニメ獣の件では、改めて、それに深く気づかされました。今回の反省を次に生かしたい。
他人の意見や感想など関係なく、私は自分自身のその世界を大切にしたい。
ネットを見る以上、世間の評判や感想が気になるでしょう。そんな世界と、上手く折り合いをつけながら、これからも、作品を楽しんでいきたいです
こんなところまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
それと、最後に明記しておきますが、上で、鋼の批判記事を読んで辛かったとの「批判記事」は、世間全般のそういう風評を言ったもので、特定のサイトやブログの内容をさしているものではありません。そのあたりのツッコミはご遠慮いただけると助かります。