スクエニと鋼の錬金術師と荒川弘・初音ミク!

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    ふいに「手のひらを太陽に」を口ずさんでみる。

    僕等はみんな生きている 生きているから歌うんだ
    僕等はみんな生きている 生きているから悲しいんだ
    手のひらを太陽に透かしてみれば 真っ赤に流れる僕の血潮


    誰もが知るこの歌詞は、実は、アンパンマンの作者、やなせたかしの作詞です。

    なにが君の しあわせ なにをして よろこぶ
    わからないまま おわる そんなのは いやだ!


    こっちも誰もが知るアンパンマンのマーチの一節。同じくやなせさん作詞。

    「たとえこの世がつらいとしても うなだれてるのは好きじゃない。」
    そう言うやなせさんの物語は、言葉通りに、いつも生きることへの賛歌であふれています。



    余談だけど、私がもっとも尊敬する人物は?と聞かれれば、出てくる人名は、両親でも友人でも、まして歴史上の人物でもなく、やなせたかしさんだったりします。

    私のマンガやアニメの原点は「ドラえもん」なんだけど、
    マンガやアニメのあるべき姿を教えてくれたり、自分自身の好みや思想ってのは、やなせさんの作品に多大なる影響を受けてると思います。
    それと、時々ぽつりと語るけど、私の将来の夢は、絵本を書くことだったりします。
    そんな夢を持ってるのは、もう間違いなくやなせさんの作品を見て育ってきたからです。
    余談終わり。



    (文字通り)自分を千切って千切って、人を助けるアンパンマン。
    それは、限りない無償の愛です。
    でも、アンパンマンは歌います。

    今を生きる ことで 熱い こころ 燃える
    だから 君は いくんだ ほほえんで
    そうだ うれしいんだ 生きるよろこび
    たとえ 胸の傷がいたんでも


    鋼を読み終わった今なら思います、あぁ、アンパンマンも自分を切り刻むことで、得るものがあるのだと。
    ジャムおじさんからもらった愛(あんこ)を、多くの人へ。
    その結果アンパンマンの中に灯る、生きる喜び。
    その喜びは、きっとあの世界のほかの人へ。また視聴者へ受け継がれていく。
    素晴らしい、愛の循環・・・生の紡ぎだと思いました。


    で、なんで突然そんなことを思ったかといえば。
    日本が誇るアニメ監督、今 敏さんの公開遺書を読んだから。
    公式ページは重いので、2ちゃんねる転載版へ(コレ

    正直、泣いたとか、感動したとかよりも絶句しました。
    静かに見えて、凄まじい思いの丈をつづった文章からは、ある意味、おぞましささえ感じる気がします。

    自分は明日死ぬとたぶん確信めいたもを感じている中で、準備をしたのか、もしくは、これを皆に読まれる時に、自分はこの世にいないと知って書いたか。
    どちらにしろ死のすぐ隣で、人はこんなにも冷静に日記を書くことができるのか・・・
    また、彼はついったやブログで、身辺整理(=死の準備)を着々と進めていたことを書いていたようです。
    そんなことをして、悲しくなったり怖くなったりしなかったのでしょうか。
    自分の気持ちを字にする行為の重さを身をもって知ってるから・・・余計にそう思います。

    その胸中は、正直言って私には量れません。

    それでも、彼の最期にみんなに伝えたかったことが「感謝」であることはわかりました。
    自分の身を千切るほど負担をかけても、彼は、みんなに、自分の生き様を残したかった、そして、最期に「ありがとう」を伝えたかったのだと。

    彼の言葉や、彼の作った作品は、多くの人へと受け継がれていくのでしょう。
    彼の中にあふれる100%感謝の思いは、1000%以上のうねりとなって、彼の仲間へ、次の世代へ。

    アンパンマンが歌う「(人は)何のために生まれて、何をして生きるのか?」の明確な答えを私はまだ知りません。まぁ、一生わからなくてもいいかなーくらいに思っていますが。
    今さんの遺書を読んで、ふと考えてみました。

    今さんはもうこの世にいなくて、だけど私は生きている。
    その間にあるはずの、循環の環はなんなのだろう。
    なんの接点もない方だったけど、
    少なくとも最期のメッセージを受け取ってしまった・・・

    そのメッセージを次の誰かに伝えることは、
    案外意味のあることなんじゃないか、なんて思います。



    今 敏監督のご冥福を深くお祈りいたします。

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