少し前にiTunesで無料ダウンロードできた「女体マーケット」という曲がいい。
テーマが「風俗」と「援助交際」というアレでナニなイロモノ音楽。ダウンロードした当初も「フーン」な感じでスルーしていたわけですが、何回か聞いてるうちに、そうじゃないことに気づいた。
「腐敗し切った倫理の上で 年がら年中腰を振る SやらMやら どんな役にでも マネーのためなら演じれるのさ♪」
歌詞はやっぱりアレだけども、うっかり名曲。
機会があれば、ぜひ一度。
夏コミ翌日のプチプチブロガの集い。何人かの方がレポ(?)を書いていらっしゃって、私のレポ内容との違いにゲラ笑う。
そうだ、確か鋼における宗教のナントカ(ナントカ?)などなど、レヴェルの高い話もしていらっしゃいました。私はそういう高度なお話には参加できないので、聞いてるだけです。基本的に。(だがそれがいい)
それに、れヴぇるが高いといっても、萌え話には変わりないわけで、いつもニヤニヤです。(だがそれがいい!)
鋼のあらゆる感想を見たり聞いたりするのは、本当に楽しい。そこにあるのはただひとつのマンガだというのに、どうしてこうも様々な意見が飛び交うのか。
それはひとつのロールシャッハテストなんだと思います。
鋼を語ってる風に見えて、そこに現れるのは、その人自身、そのものなんだと。
物語は、自分を少しずつ切り取って作るものだと世の作家と名のつく人はいいます。
荒川さんも似たようなことをおっしゃっていました。
だけど、読む側も、そうなんじゃないでしょうか。
特に鋼のようなリアルめいたファンタジーは。
荒川さんがどんなにひとつのことを描いていたって・・・伝えたいと思ったって、私たちは想像する。
今までの自分の経験、思想、好み、萌えポイントを基にして。
与えられた情報を自分の中で理解、分解し、再構築していく。
それを繰り返し、時に人が再構築した姿にも影響されながら、自分と鋼を育てていく。
ロールシャッハのインクのしみが、人によってカタチを変えるように。
鋼というひとつのモノが人によって変容する。
その鋼は確かに「鋼」だけど、どんなに愛したって、私には見えない鋼。
そして、鋼がなければきっと出会えなかった人たち。
それを目の当たりにする充実感は、やっぱりたまんない、と思います。
日曜レポを書いていらっしゃる方にリンク張っておきますので、ぜひ。
(やっぱり無断リンクデス)
有栖川探偵小説事務所出張所 りほさん:http://arisugawa.cocolog-nifty.com/alice/2007/08/post_e679.html
歌猫Blog 歌猫さん:http://blog.goo.ne.jp/utanekob/e/d4cdeac64fb4309a1bdc786913fcbe64
白き焔BLOG 真朱薫さん :http://blog.goo.ne.jp/masoho-zero/e/ce69854b8e0b8819932c5f0205a8a01c